子どもの気持ち不登校のメッセージ

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小学校の頃、私は不登校でした。ちょうど小学校4年生になったときから、行かなくなったのです。今思うと、大胆なことをしていたなと思うのですが、当時の自分の環境では、精一杯の抵抗だった気がします。一人っ子ということもあって、両親からは、習い事をたくさん組み込まれて、学校では成績がよかったので、先生からも優等生扱いされていましたが、実はとても寂しくて、友だちがいなかったです。習い事で遊ぶ時間もないですし、流行のキャラクターや遊びに入ることができない。頭がいいということで、「何か優等生は違うよね」と言われた一言がすごくズキンときました。

そして、4年生になったとき、母から習い事をもう一つ増やすと言われ、中学受験の話しをされたとき、もういっぱいだった気持ちが初めて大泣きしたのです。父も母も私のことを分かっていなかったと思いました。学校に行かなくなって、家にいると、気になりますが、勉強はしていました。担任の先生から連絡とかきて、母は慌てて対応していましたが、友だちがいない事実が明らかになっていくと、母も「ごめんね」と哀れんだ瞳が余計に苛立たせた気がします。父がインターネットで注目されていた催眠療法で、精神的なケアーが期待できるというホームページを見つけて、問い合わせて相談していたようです。

連れて行かれた施設というか、場所にいたセラピストの先生がすごく優しくて、話しを初めて根気よく聞いてくれたと思います。それがとてもよくて、心がすっきりというのでしょうか、噴火することができました。両親にそれとなく話してもらい、子どもらしい生活へと変わりました。自分の意思を尊重してもらえる、今思うとすごく大切だったことがよく分かりました。子どもの心を少しでも汲んでくれたら、それで満足だったのかもしれません。不登校は夏まで続き、二学期になったとき、初めて学校に行きました。先生がみんなに病気だと言ってくれたようで、すんなりとスタートできました。今思うと懐かしい話しですが、不登校の気持ちを考えると、複雑になりますね。

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このページは、盗聴器発見器が2012年1月 7日 14:02に書いたブログ記事です。

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